とある講師のホンネ

フリーの講師。国・数・英・理を指導中。東大卒。現在は家庭教師中心ですが、大人の文章教室なども開いています。

「ドラゴン桜」の功罪

最初に断っておきますが、私は「ドラゴン桜」の大ファンです。何度読んだかわからないし、何度泣いたかわからない(笑)。

ドラゴン桜」からは青少年への真の愛情を感じますし、エールを送ってらっしゃるのだとわかります。「ドラゴン桜」を読んだ人たちの一部が勘違いをした結果、その子や生徒に悪影響があったのは作者のせいではありません。そういう意味で、より正確なタイトルは「ドラゴン桜を誤読することの危険」にしたほうがよかったかも?

 

 

1)指導者たちが「勘違い」した

第一に、これです。初代ドラゴン桜が大ヒットしたとき、多くの「自称進学校」教師・塾講師・家庭教師が勘違いしました。「自分も桜木先生になれる」と(苦笑)。初代「ドラゴン桜」が生まれたのは、作者の三田紀房さんの担当編集さんが「東大入るのなんて簡単ですよ」と言ったことがきっかけだと聞いています。担当編集だった佐渡島庸平さんの繰り出すメソッドが的確だったことに加え、三田紀房さんの演出力・構成力・ドラマツルギーがあいまっての名作になったと言えます。

私は漫画が大好きです。

だから、漫画の力を信じています。

でも。

やっぱり、あれは漫画なんです(笑)。

三田先生の、過去作品を見ればそれは一目瞭然です。野球偏差値ド底辺から甲子園、を描いた「クロカン」なんて、まんま「ドラゴン桜」ですよ。

 

 

スポーツ漫画での「下剋上」は、誰しもが感動しつつ「うん、でも漫画だよね」ってわかってる。ドラゴン桜」は、まんま「スポ根漫画」なわけです。三田先生も、「クロカン」の手法をそのまま使った、とたしかインタビューで答えてらした記憶があります。ご自身曰く「ニッチを描くのが僕の得意技」と仰っているように題材が「勉強」だからとても新鮮で、かつ「トンデモ」ではなく東大卒の佐渡島さんの経験に裏打ちされた「情報」があったから、ドラゴン桜はあそこまでヒットしたんだと思います。

でも、佐渡島さん、灘卒ですから(笑)。龍山高校じゃないですから。

 スポ根漫画と同じように読まなきゃいかんのですよ。「スラムダンク」なんかもかなりトンデモなとこありましたけど、井上先生自身がバスケ好きなせいか、順当に負けさせてましたよね。水島新司先生の野球漫画はド底辺高校が甲子園で優勝!が多いですが、あれを楽しみこそすれ本気にはしませんよね。でもなぜかドラゴン桜は本気にしてる人が多いですね。

いや、いいんですよ、ドラゴン桜がヒットしたことで、東大は正しく評価された面もあるし、現在「東大生であることがそのまま金になる」時代になった、平たく言うと東大生タレントが増えたのもドラゴン桜と無縁だとは、私は思っていません。

それでも。

柳先生・芥山先生・阿院先生・桜木先生ほどの実力もない多くの「指導者」たちが「俺も/私も、とことんやらせれば生徒を東大に行かせられる」と勘違いしたことは、大きな罪だと思います。自称進学校、東大合格者数を増やしたくてたまらない中高一貫校の多くは物理的に無理な量、つまり英数だけで毎日4時間はかかりそうな量の宿題を出していて唖然とします。教師同士が連携も取れずに自分の科目だけ大量な課題を出す自称進学校の教師が「塾に行く暇なんかないからね?」と得意げに言うのはどう考えても間違っています。

ドラゴン桜との違いがわかりますか?ドラゴン桜でもかなりの量の勉強をさせていますが、「みずから望んで東大専科に来た生徒」にしか課していませんよ。まあ、三田先生は誤解させようと思って描いたわけではないので、それは作者の罪ではありませんが

 

2)親が「勘違い」した

みなさん、勘違いしていませんか?

初代「ドラゴン桜」の、水野さんが東大に現役合格し、矢島くんが一浪で受かったのは、本人がそれを望んだからですよ!?

作中では、水野さんのお母さんはむしろ娘の大学受験を邪魔していますし、矢島くんのご両親は「ダメに決まってる」と蔑んでいます(どちらも、途中から見守り応援する素晴らしい親に変化しましたが)。

現在放映中の「ドラゴン桜2」に関しても、親は一切、東大合格を望んでいません。小杉さんに至っては、親が大学進学を阻止しようとすらしています。

ドラゴン桜を見て、「本人が」やる気になればどんな高い山でも目指せばいい。

逆に言うと、本人がその気にならない限り、芥山先生や柳先生がついていようが全く意味ありません。

三田先生が訴えたいのは「本人にその気があったら山は登れる」ということだけです。作中でも、親が過熱することは何度もいさめられています。

 

3)発達障害への誤解を生みかねない

現在放映中の「ドラゴン桜2」の原健太くん。

彼は、発達障害です。耳からの情報がうまく処理できず、コミュニケーションにかなりの難があります。だから底辺高校のあの学校の中ですら馬鹿扱いされていました。しかし、実は「興味を持ったことには凄まじい集中力を見せる」ことで、ごく短期間で「開花」し、最新話では東大模試C判定を出しています。すごいな、私は高3初夏はE判定だったぞ(笑。
彼はオリジナルキャラです。原作にはいません。ドラマで彼を出した意図はわかりますし、それ自体を批判する気は全くありません。

でも、彼の登場は、2つの大きな誤解を生んでしまった。

・東大生は、原くんタイプばかりだという誤解

よく「東大や京大は発達障害が多い」と言われます。でも、それは大きな誤解です。たしかに「生身の人間とのコミュニケーションが苦手」な人は、一般社会より多い気もします。でも、原くんほど極端な人は見たことがありません。なぜなら東大は理系でも二次試験に現代文がありますので、読解力がないと相当厳しいからです。

また、もし仮に原くんが東大に入ったら、大学に残って研究者になる以外の道はないと思います(ドラマの原くんなら、それは可能でしょう)。彼くらいコミュニケーションに難があり、さりとて学者になるほどの能力はない場合、東大に入ることはかえって不幸になる道でもあります。よく言う「東大出てるのに就職できない」という人たちは、そういうタイプです。
ドラマに原くんが出てきて、そういう誤解を助長しているだろうなと苦々しく思いながらちょっと検索したら、出るわ出るわ、「東大ってあんな人ばっか」というコメントの嵐。でも、それ言ってる人は東大卒じゃないんだよね。自分が行って、身近で見たわけでもないのによく言えるな(苦笑)。

発達障害なら東大にいける、そうすればなんとかなる、という誤解

原くんほど特化してつきぬけていれば、東大入って学者になれる(かもしれない)と思います。「さかなクンさん枠」だと思います。「二月の勝者」でいえば鉄オタ、加藤くんですね。彼らは「自分の好きなことはトコトン調べる能力」があり、それだけではなく「その力をほかに応用できる力」があったから頭角を現したんです。

発達障害の診断を受けている子、あるいはグレーの子、たくさん教えてきました。親御さんは、その凹を、「偏差値で埋められる」と誤解しています。違います。コミュニケーションの凹を埋めるには、ちょっとくらいヘンサチが高いだけでは無理です。ずば抜けた凸があって初めて、です。バランスの取れていない子が学力「だけ」伸ばそうとすると、対人関係や、生活する上での常識や、その他もろもろ捨ててテスト勉強に全振りするしかありません。たしかに、東大にもちょっとそういう感じの人はいました。で、彼らは就職できません。さりとて、大学に残るほど学問が秀でているわけでもありません。本当に不幸だと思う。東大ってね、恋愛や部活や遊びを好きなだけやって入ってきてる人がごまんといますよ。「勉強以外を全捨てして入る」ことは、本人が望むならともかく、親が強制してはならないと思います。だって、「東大出さえすればなんとかなる」のはウソなんだから。

 

繰り返しますが、ドラゴン桜2での原くんのキャラ自体は好きです。製作陣が、彼を投入した理由もわかります。でも、「誤解し、我が子を教育虐待する親」が出てくるだろうことは予想できたはずなのになあ…といささか心配になっております。今後の展開次第ではありますが。