とある講師のホンネ

フリーの講師。国・数・英・理を指導中。東大卒。現在は家庭教師中心ですが、大人の文章教室なども開いています。

低学年から塾に入れることのリスク(2)~「先取り」は無意味

「小4からでは席が取れないかも」という不安から、あるいは「先取りさせれば有利」という完全に間違った考えから、大手塾の低学年枠が瞬間蒸発の勢いで埋まっているそうですね。前回は、低学年に限らず「塾が勉強のすべてになることの大きなリスク」について書きました。 

mikoto2020.hatenablog.com

 今回は、低学年ならではのリスクについて考えます。

 

1)自分の能力を見誤る

過熱しているとはいっても、低学年から受験塾に入れる家庭はまだ少ないでしょう。クラスもまだ少ない。すると、上位クラスに「入れてしまう」可能性が高い。いいですか、入れてラッキー、じゃないです、入れて「しまう」んです。まずいことなんです。そのうえ、受験塾とはいえ低学年ではやることもまだ簡単で、これがまた自分の(お子さんの)能力を過大評価することに繋がりがちです。

 

2)後発組に抜かされることによる焦り、劣等感

これは非常にでかい。

よくあるご相談が「小4のときはアルファだったのにずるずる落ちてきたのでなんとかしたい」というもの。ほとんどの場合「なるべくしてなった」ものなので、冷静に受け入れたほうがいいです。原因は、だいたい2つ。

・内容についていけなくなる

例えば算数は5年生になると「割合」「比」「速さ」が入ってきます。これが理解できない小5生は結構多い。なまじ4年では上位クラスだったために「高度な算数が理解できない」ことを受け入れられず、勉強量を増やせばなんとかなる、となりがち。

・後発組との実力差

小4や小5までは遊んでいた子が中受する気になって「参戦」してきます。その子たちの学力は様々ですが、「小5or小6からで十分間に合うから遊んでた子たち」も確実にいます。「先行利益」だけで上位にいた子たちは当然抜かれていきます。性別の影響も無視できません。もちろん個人差は大きいですが、基本的に男子は「本気」になるのが女子より遅いです。下手をすれば小6秋くらいまで受験が「他人事」です。その子たちが本気を出し始めると、先行組の中には抜かれる子も出始め、これが焦りを掻き立てます。まずいのは、このように冷静に分析できればいいのですが、当事者は「前はアルファにいたんだから『実力はアルファ』のはず」と、過去の栄光が忘れられなくなってしまう、それが問題なのです。

 

・「抜かされる」ことが子供の心に与える傷

基本的に私は学生をチヤホヤもちあげることは好みません。若い時は「挫折」こそが自分を育てる糧になる、と思っています。それでも、やっぱり、年齢によって挫折の許容範囲は違うと思う。10歳くらいの子にとって、「後から来た子にどんどん抜かされる」「それを挽回できない」という事実は、回復しがたい傷を与える可能性がある。というか、与えている。これまでどれだけそういう生徒を見てきたことか。

「上には上がいる」とか「置かれた場所で咲きなさい」とか「身の丈を知る」ということは、成人する前に一度は経験するべきだと思いますが、それは、心がある程度強くなった中学以降でいいんじゃないかな。

小学生のうちは、「井の中の蛙」「お山の大将」くらいでちょうどいい。早晩、知るべき時に「現実」を知ることにはなるのですから。

・親が「過去の栄光」を忘れられなくなる

これが一番まずいですね。

ただ単に、もっとできる子が入ってきたせいだったり、本気出し始めただけだったりするのに「うちの子はもっとできるはず」と教育虐待まがいの勉強を強要します。その有様は、ブラック企業真っ青。彼らは、我が子が受験全落ちするまで気づきません。なぜなら「受験ギャンブル」にはまってしまっているから。受験ギャンブルについては、過去記事に書きました。 

mikoto2020.hatenablog.com

 

3)先取りの無意味さ

すべての先取りが無意味だというつもりはありません。算数が好きで好きで仕方がないなら、受験塾ではない算数塾で極めたらいい。算数オリンピックへの挑戦も良い刺激になると思います。

問題は、「ほかの子を出し抜くためには早く始めればいい」という誤解です。

先取りは、「利益の先食い」かもしれません。

先行者利益が維持できるかどうかは、「早く貯金をためたかどうか」ではない。「貯金を殖やし続けられたかどうか」です。

厳しい現実を言います。

先取りが有効なら、なんで浪人が現役に抜かれるんですか?1年余計に勉強して、しかも学校に行かずに一日中勉強できて、「時間」という意味では現役より圧倒的に有利じゃないですか。

素質のある人間が本気出したら1~2年の先取りはあっという間に抜かれます。

 

4)それでも低学年からやらせるなら「撤退」のオプションを持ちたい

たしかに、スポーツやクラシック音楽やバレエなどは、幼いうちからやった方がいいですね。才能があったのにスタートが遅くてもったいないことになることはあるでしょう。「だったら小1から塾に入れるのも一緒でしょ?」という声も聞きます。でも、それは詭弁だと思っています。なぜか。習い事は「向いてない」とわかったらやめますよね???

低学年から受験塾に入れる親の多くは、向いてないとわかってもズルズルと決断を先延ばしにします。子供の劣等感や心の傷と引き換えに。結局、冷静に考えられず「でもでもだって」で、自分の望む未来しか見たくないんですよね。

そういう親は、中学受験不合格で目が覚めればまだいい方で、むしろ高校受験や大学受験で「リベンジ」と言い出します。で、結局リベンジできずに、大学受験ならば「時間切れ」もありますし、親の方も年取ってパワー落ちてますからなんとかそこで諦めてくれますが、もうそのときには子供の自尊心も自己肯定感もズタボロですし、つぎ込んだ時間は返ってきませんからね。

そんなに「リベンジ」したいんだったら、今から自分が大学受け直したらいいのに。