とある講師のホンネ

フリーの講師。国・数・英・理を指導中。東大卒。現在は家庭教師中心ですが、大人の文章教室なども開いています。

二月の勝者のウソ(2)~「一発勝負だからフェア」?

中学受験を選択する理由は人それぞれですが、その中に「公立では内申が勝負だから不公平」というものがありますね。人気漫画「二月の勝者」の黒木先生の演説にもあり、あの漫画の中で父兄たちはそれに魅了されていました。果たしてこれは真実なのでしょうか?考えてみたいと思います。

 

 

1)受験は徒競走。資格試験ではない

 

私も、自分自身が受験生だった頃は「入試は一発で決まるからフェア」だと思い込んでいました。でもそれは自分が「何があっても受かる層」だったから言えた欺瞞だと、今ならわかります。

 

中受にしろ高受にしろ大受にしろ、

「何があっても受かる層」

「その日の出来次第で合否が変わる層」

「10回受けても不合格の層」

に分かれます。

このうち「その日の出来次第で合否が変わる層」のボリュームが非常に多い。合格者のうち、30~50パーセントはこの層だというのが経験上の実感です。

これが、英検など「資格試験」なら話は違います。一定以上の力があれば合格となります。そもそも「合格」「不合格」という言葉を受験で使うこと自体おかしいと思いませんか?合格というのは「一定基準を超えた」ということ。

いわば、工場の品質検査。

 

受験はむしろ徒競走だと思いますね。

上から〇人が表彰台、というだけの話です。

それをわかっていればいいのですが、受験ギャンブルにハマってしまった親子は「不合格=品質検査に落ちた」と考えてしまいます。これはものすごい悲劇です。たとえ紙一重で落ちたとしても、そんなの12歳にとっては慰めにしか聞こえません。その後、ずっと引きずっている生徒は多いです。

 

逆に、「その日の運」で受かった子が自分の力を過信したり、「たまたま落ちた子」を見下したりするリスクは頭のどこかに置いておきたいところです。

 

2)内申=先生ウケ、は思い込み?

その側面を完全否定はしません。でも、それを過剰に恐れるあまり「内申は先生が好き嫌いで決めている」と勘違いされているなあと思います。

公立中で最も重視されるのは「締め切りを守るか」「当たり前のことが当たり前にできるか」です。当たり前のことを当たり前にできていれば、過度に恐れる必要はないです。たしかに都立高入試で内申点の比重は大きいですが、本試験で挽回できないほどの差ではありません。誤解を恐れずに言えば、「当たり前のことが当たり前にできないから内申が低い」生徒の親が「内申は先生が好き嫌いで決めている」と言っている側面は否定できないと思います。「公立中はクソ!ウチの子は教師の私情で内心下げられた!」と怒り心頭の御父兄のご相談を受け、よくよく聞いてみると「提出物の期限がほとんど守れない」場合がほとんどでした。

「締め切りが守れない」「社会のルールが守れない」「人の話を正しく聞けない」ことを修正しようとせず、中受に全振りするのは間違っている気がします。実際、これらができない子が「勉強だけはできる」ことは、ほぼありません。講師を長年やっていると「まず『しつけ』をやりなおしたほうがいい子」の親御さんが駆け込んでくることが多々ありますが、そういう部分を無視して受験勉強させても伸びませんので。

 

3)「点数だけで決まるからフェア」は受験業界の詭弁

入試が「資格試験」ではない以上、

入試でわかることは「その日の順位」だけです。

「その日の順位」が学力の優劣を正確に反映しているといえるのでしょうか?本番に強い子、弱い子の差もあります。得意な単元が出たかどうかの運も非常に大きいです。ゆるぎない合格者と不合格者がいるのは事実ですが、半分くらいはもう一度試験をしたら入れ替わる、その程度のことです。

残念ながら、大手塾で入塾前にそれを説明しているところは見ません。むしろ、その不都合な真実」はひた隠しにして、中受に参加させようとしています。そのときに使われる詭弁が「高校受験は内申があるから不利」という殺し文句だと感じています。

そうではないと言うなら、入学試験を3回やって「平均点」で合格者を決めたらいい。

 

4)「参戦」するなら冷静に

私は中学受験を否定したいわけではないのです。

これらのことをわかったうえで、本人が「勉強甲子園」にチャレンジしたいなら大いに応援しています。「健全な」競争意識は人を成長させますからね。それでも、なぜここ数回、こんな厳しめなエントリーが続いてしまっているかと言うと、1)~3)を十分理解できずに受験沼にハマり、子供がつぶされるケースを多々見てきているからです。

 

中学受験は「親ターボ」が効くように勘違いしてしまうため、親の方がのめり込んでしまう危険性が高校受験や大学受験の比ではありません。何をもって成功というのか知りませんが、たかだか12歳時点での順位競争に勝った親御さんが「親が9割」とか自慢をするのに煽られないほうがいいと思います。

ちなみに「親が9割」は、ある意味では真実です。それは、塾のプリント整理をするとかしないとか靴下履かせて起こすとかそういうことではなくてですね。前回書いたような「当たり前のこと」をしつけてきたかどうかということです。

 

繰り返しますが、入試は単なる「順位競争」です。

それを本人と親御さんが十分わかったうえで、そして「参戦」してからも忘れずにいられるなら、良いのではないでしょうか。

 

5)おまけ:「二月の勝者」は「勇気ある撤退」も描いてほしい

漫画は作者さんの好きに描けばいいと思ってますから、これは要望ではなく単なる一読者の感想です。

中受は心身ともに未完成な段階での試験ですから、大器晩成型には不利です。中受撤退は決して落伍ではありません。しかし「二月の勝者」ではどうもそこが描かれていない気がします。「一度目指したなら最後まで走り続けろ」になっている。同じ作者さんでもこちらの本にはちゃんと「勇気ある撤退組」についても描かれているのですが。