とある講師のホンネ

フリーの講師。国・数・英・理を指導中。東大卒。現在は家庭教師中心ですが、大人の文章教室なども開いています。

「サピは復習主義」?騙されています(^^;

サピックスは復習主義。だからテキストを事前配布しない。

うん、それは、サピがTAPから上位層を全部引き抜き、「御三家用授業」だけをやってこれた時代なら通用しただけの話。

 

何度も書いてますが、「『初めて出会う概念』をその場で理解できる子」ってどれくらいいるんですかね。アルファの子たちは、おそらく大丈夫でしょう。でも、そのほかの子は?

 

突然「比」や「速さ」を教えられ、自分の中で落とし込む時間も与えられず、いきなり問題を解けと言われる。

サピに限らず、私は中受塾のこうした教え方は、一部の「一を聞いて十を知る」タイプの子たち以外にとっては弊害以外の何物でもない、やめてもらいたいと思っています。

 

中受勢の親御さんがが馬鹿にする「公立小の教え方」こそ、子供に「思索の時間」を与えてくれるのです。

 

サピの「比」の教え方に、私は愕然としました。

比は非常に重要な概念で、(名目上)代数が使えない中受の世界では、算数の問題はほぼすべて比で解けると言っても過言ではないです。

でも、小学生低中学年にとっては「比べる」ということはまだまだ「アキラくんはサトシくんより10センチ高い」というように、「差」です。

「比べる=何倍か」という概念は、次元の違う考え方です。

その、次元が変わるという大事な「比」の授業が、なんと「比とはなんたるか」を短時間ですっ飛ばして、すぐ問題を解かせている。

 

それでいいのか?

 

たとえば、小学校ならこういう授業になるでしょう。

「ケーキを一つ作るのに、小麦粉300グラムと牛乳100グラムが必要です。

でも、私はケーキが二つ食べたいです。材料はどうしたらいいでしょうか」

みたいな話を先生がして、子供たちが我先にと手を挙げ、塾で知ってる子は「小麦粉600グラムと牛乳200グラムです(当たり前だろ、ヘヘン)」とどや顔で答えると思います。でも、先生がわざと「え~?なんで?小麦粉を600にしたらいいじゃない。なんで牛乳まで増やさないといけないの?」と聞いたときに、論理的に答えられる子はどれだけいるでしょうか。そこで、喧々諤々、議論が始まります。

「賢い」大人から見たら、「なんて回り道な授業だ。時間の無駄だ」と思うかもしれません。でも、こうした時間が、小学生には必要なんです。

この問題を、一時間使って「話し合った」結果、子供たちは「比」を理解します。

 

「合同」「相似」など、さらに難しい概念では、公教育はさらに時間をかけてくれます。実物を使って、「拡大・縮小とはどういうことか」を一時間かけて教えてくれます。そのうえで、やっと数値計算に入るわけです。

 

でも、進学塾には「理解のための時間」はありません。

速さ、分数の掛け算割り算、図形の合同、相似、エトセトラ。

「なんでそうなるの?」を考える時間が、塾にはありません。

すぐ「方法」を教わって、その通りに解ければOK。

私は、それが学問だとはとうてい思えません。

 

アルファの子たちは別です。

新しい概念に触れた瞬間に自分の頭で考えはじめ、小手先のテクニックではない「原理」をつかんで帰ってくるからです。

サピックスが、アルファレベルの子しか入塾させない間はそれで良かったでしょう。

でも、拡大路線を取り始めた時に、「一を聞いて十を知ることができない子」のために、もっと真剣に考えてほしかったです。

 

サピのテキストは、アルファの子なら予習は要りません。

 

そのレベルでないなら、「小学校の先生が教えるように、ていねいに」新しい概念を「予習」しておかないと、「理解」がないままカリキュラムが進んでいきます。非常に怖いことです。

「原理」「面白さ」を知らないまま、問題をこなしていくことになります。

 

サピに限りませんが、進学塾というのは「カリキュラムについてこれない子」を引き上げるつもりは毛頭ありません。なぜなら、「ついてこれない子」は「実績」にならないからです。トップ層が開成や桜蔭に入って「数字」を出してくれればそれでいいんです。偏差値35の子が40になるようにという指導はしません。

何度でも書きますが、それをしてくれるのは「学校」です。

「補習」をしてくれるのが、良い証拠です。

「補習」をしてくれる塾は一部にありますが、少なくともサピはやっていません。

 

それでも、サピがいいなら。

復習主義などという「アルファの子向けのウソ」に惑わされず、予習をするべきです。

ただ、この「予習」が要注意です。

進学塾と同様なやり方では無意味です。

「新しい概念」について「小学校で教えるように」「ゆっくりと」「子供に試行錯誤させる」のが、「正しい予習」です。

 

 

 

来期から中受指導を辞めようと思う(2)

前回の続きです。

今すぐは難しいけど、辞めると決めたら物凄く気が楽になった。

昔やっていたように、中学生高校生の指導に戻りたいが、都心だと難しそうだなあ。

都心はもはや中受一色と言っても過言ではないので。

家買い換えたばかりだけど、郊外に引っ越そうかな。

 

前回も、いやこれまでも散々書いた通り、もう、中受の親御さんの相手が私には限界なんだなと思う。

もちろん、良い方も大勢いらっしゃる。

我が子の実力を見極め、助言に耳を傾けてくださる方。

でも、本当に年々減っている、そういう方は。

 

6+4÷2=5、と答える小6生。

授業中1分とじっとしていられない小6生。

そういう子を御三家準御三家に、という親御さんは、「聞きたい話」しか聞いてくれない。前回も書いたように、こういうご家庭を「カモ」ととらえる中受関係者は多い。そういう「ギョーカイの闇」も、そろそろ嫌になってきた。

 

都心で中受がここまで過熱してしまったのは、「自我がはっきりする前なら、親の力でなんとかなる」という間違った認識が原因だと思う。

 

よく、「中受する母集団自体が小学生全体の上層だから、偏差値40~50でも十分優秀」というまことしやかなことが言われているけれど、私はこれも眉唾だと思っている。

中受塾に行かず、いきなり統一テストなどを受けて偏差値50なら大したものだと思う。

でも、中受塾に小4、下手したら低学年から通っても、例えば「四科のまとめ」の白ナンバーが解けないのは、少なくとも現時点では「全国の小学生と比べて優秀」ではない。なぜなら、くり返しくり返し塾でそれを教えているからだ。それでも数年間それが理解できないということはどういうことなのか、考えてみてもよいのではないだろうか。

 

もう一つの理由は、ずば抜けた層を除けば、進学塾で「机上の論」だけを学びそこそこの偏差値を出せる生徒たちが、申し訳ないけれど「賢い」とは全く思えないからだ。

これは、最近の私立中の選抜試験に悪問が増えてきたのが遠因だろう。中受塾がどんどん「テクニック」を開発するから、それ以上に難しくしようとして、安易に高校レベルの問題を出している学校続出。もう、イタチごっこ。では、そういう問題が解ける子が、中高生以上に「原理」をわかっているのかと言えば、ずば抜けた小学生を除けば、そうとは言えない。

月の公転周期を暗記し満ち欠けは満点取れても、自宅の東西南北がわからない子、太陽がどちらから上るかわからない子、浮力計算はできても水に浮かんだ氷の図が描けない子。速さのダイヤグラムは解けても、「Aさんの歩く速さは時速40キロ」と答えて平気な子。エトセトラ、エトセトラ。いったい、どうなっているんだろうと思う。

 

親だけの問題ではない。

年間200万以上の塾代をドブに捨てる勢いで勉強嫌いな子、たくさんいる。

何度も書いているけれど、どれだけ低偏差値だろうが、本人が真剣なら、私はそのお金は絶対に無駄ではないと思う。

一方、小4~6で600万前後塾代を親に払わせ、宿題すらせず、さらに個別や家庭教師をつけさせ、その「重課金」すら無駄にし、不貞腐れる子供。正直、なんでこういう子に重課金するのか私にはわからない。こういう子は、もれなく「勉強してやっている」という態度。下手をすれば家庭教師に対しても同様です。そういう小学生の「ご機嫌を取る」のは私の仕事ではありませんが、これまた年々増えているんだよなあ、不機嫌を武器にして大人を支配しようとする子供。「センセイはウチの親から金もらってるんだから、立場弱いでしょ」と思ってるんだよねえ。私はそういう子に教える気は一切ありませんし、仕事に困ってないのでガンガン躾けますけれど。

前回も書いたけれど、ほんと小学校の先生、大変ですね…同情します。

 

話を戻しましょう。

「中受なら親がゴリ押せばなんとかなる」の弊害は、いずれやってきます。

中高でドロップアウトし、フリースクールに通う生徒たち。彼らの不登校からの退学は、人間関係が理由のことも多いが、意外なほど多いのが「中受で無理をしたこと」が原因であるケース。

我が子の実力と成長期を見誤り、自分の見栄から中受塾で疲弊させ、結果的に自己肯定感をゼロにした上に勉強嫌いにさせた親は、心底反省して子供に詫びていただきたい。

 

まさしく蟷螂之斧ではあるが、一人でも教育虐待から救い、学問に目覚めさせてあげたいと思ってやってきたのだけれど。

 

これも、時代の流れなんだろう。

 

10年くらい前は、分数の割り算ができない子に、じっくり時間をかけて教えていても、親は任せてくれていた。「無茶な成果」は求めなかった。

だからこそじっくり教えることができ、そういう子があるとき「目覚め」て、ぐいぐい成績が伸びることも多々あった。

中学でずっと数学が1か2だった子が、高校3年間、中学数学のいイロハからやり直したらメキメキ伸びてきて、MARCHの理系に進んだことさえある。「先生、俺、なんか数学好きみたい。理系に行きたい」と言い出したとき、どれほど嬉しかったことか。

 

高1で「卒倒」が読めず意味も分からなかった子が「先生、哲学面白いです!」と言い出し、センター現代文や早慶現代文で満点連発になったとき、どれほど嬉しかったか。

 

「できない子」だから教えたくないんじゃない。

私は、「時間」が欲しいんだ。

 

発達障害の診断が下りていて、「比」の概念すらなかった中学生が、何度も何度も根気よく教えることで、二次方程式をクラスメイトに教えるようにまでなったとき、嬉しかったなあ。

残念ながら、中受において、そういう「成長」を親は「成長」だと認めてくれない。

偏差値20以上ギャップがある難関校に受かることだけが彼らの「成功」だから。

おそらく、この傾向は過熱することはあっても逆戻りすることはないだろう。

 

思えば、もともと私は中高生メインの私塾をやっていたんだったな(^^;

原点に戻って「本人こそが、自分をなんとかしたいと願っている」「親はそんな子供を信じて見守っている」ケースで、生徒たちに、時間をかけて「学問の面白さ」を伝えていきたい。

そのためには、ただ願うだけじゃなくて、きちんと筋道を考えなきゃだな。

そんなこんなで、しばらくまたここでああでもないこうでもないと言い続けるかもしれませんが、ご容赦のほど。

来期から中受指導を辞めようと思う

中受はスッパリと今期限りにしようかと考え始めました。

まあ、正確には、数年先まで予約が入っているので、それが終わったら、ですが。

理由は、ストレスが半端なくなってきたからです。

 

以前の記事にも書きましたが、年々「受験どうこう以前の生徒」は増える一方。

専門家ではありませんから診断は下せませんが、発達障害だろうなと感じる生徒が、集団塾では無理で個人コーチに流れてきていますね。

 

そういう子を受け持った場合、まず授業を成立させるために多大なエネルギーを要します。それだけならまだしも、疲弊するのは親御さん対応。

 

思うに、中受時点では、「親がまだ諦めきれない」状態なんですね。

高校受験や大学受験においては、もう子供も親の言うこと聞きませんし、なんなら親が論破されることすらある。また、親のほうも自分の子の実力が見えてきて、そう無茶は言わなくなる。だいたい親離れが済んでますので親御さんも任せてくれますし、授業では純粋に勉強だけに取り組める。

 

でも、中受ではそうはいきません。

・偏差値にして20以上上の学校を望み続ける親

・四則演算もままならないのに、御三家準御三家を諦めない親

・本人にまるでやる気がないのに、「やる気を出させるのは指導者の仕事」だと誤解している親

・躾がまったくできていない小6生

・指示がまったく入らない小6生

・どんなに嚙み砕いて話しても、それ以前に会話が成り立たない小6生

・1分ごとに起こさないとすぐ寝る小6生

タブレット育児をされてきた結果、小6なら知っていて当たり前の語彙(「顔から火が出る」「ごまをする」など)を知らない状態で御三家受からせろという親

 

エトセトラエトセトラ。

 

どう考えても無謀。

乳幼児に走れと言っているようなもの。

それがまかり通るのが、中受業界なんです。

 

こういうご家庭を「カモ」ととらえる塾や家庭教師も存在します。

というか、むしろそのほうが多いでしょう。

実際、家庭教師2人体制の場合、もう一人の家庭教師が、下手をすれば毎日授業を設定する、要は押し売りをするケースも多々ありました。

怪しげな民間療法と一緒。

 

そういうことをすれば、目先の金はいくらでも入ってくるんでしょうが、私は無理。

なぜなら、教育虐待という、子供の不幸に直結しているから。

「二月の勝者」に描いてあったように「煽ればいくらでも金を出すお客様」とは考えられません。辛くなってしまうのです。

 

中受が青天井の課金ゲーになってしまいがちなのは、親御さんがまだ自分の子供の「実力」を受容できていないからだと思います。

中受に「失敗」とかないと思っていますが、志望校に落ちて、それでも中受時と同じエネルギーで「リベンジ!」と言う親御さんは、まあいるにはいるんですけど、割合にしたら多くはないですね。

だいたい、あのお祭りのような熱狂した中受を経ると、冷静になります。

つまり、「わが子も〇〇に入れるかも!」という希望が無理なことを悟るのに、「チャレンジ校に落ちること」が必要になるわけです。

大多数の親御さんは、そこで目を覚ます。

言い換えれば「親が諦めるための時間」になってしまっているんです、割と多くの中受生の小4~6の3年間が。

もったいなくないですか?

二度と戻ってこない、小学生という時間が。

 

子供自身も無謀なチャレンジを諦めきれていないなら、いいのです。

いくらでも応援します。

でも、「『親が諦めてくれる』のを待つだけの子供」を、私は飯のタネにはできない。

死んだような目をして、ただ2/1までの時間をつぶしている子たちをたくさん見てきました。

このブログでもさんざん書いてきたように、自分なりに親御さんたちを説得しようと試みてきました。でも、そろそろ無理かな…。

 

中受の親御さんは、よく「チーム〇〇(←生徒の名前)ですよね!」と仰るんですが、それもちょっと受け付けなくて(^^;

トップアスリートにコーチが数名体制というのはわかるんですが。

小学生一人に、父親母親のみならず、塾、さらに個人コーチと大人が総がかりになっても当の本人はどこ吹く風、のようなケースも結構あります。

正直、ちょっとどうかと思う。

そこまでしても本人がやる気にならないのなら、それは「時期」が来ていないだけ。

そういう子だって、中高になっていずれ自分の人生考えるようになったら、多かれ少なかれ「やる気」になります。

 

つらつら考えていて、小学校の先生の成り手がどんどん減っているのがわかる気がしてきました。

だって、(数年先まで予約が入っているからすぐには無理だけど)私ですら、中受指導辞めようと考えただけでこんなに気が楽になるんだから。

 

個人コーチと塾講師や予備校講師は、ギャラが3~4倍違います。

それでも集団授業の講師を選ぶ人の気持ちが、ようやくわかりました(^^;

今入っている予約を責任もって教え終えたら、しばらく充電するか、予備校講師に応募しようかと考えています。

中学受験は〇〇が9割~「親ガチャ」の真実

流行りましたねえ、あの本(遠い目)。

個人的には苦手ですね。

知り合いの東大生はみな懐疑的ですね(かなりマイルドな表現に変えております)。

あのアホな本のせいで中受ゴリゴリになっているご家庭が増えている現実を憂いています。

 

中受時点では「遺伝」と「躾」が9割

佐藤ママは「親のサポートが9割」と言いたいみたいですが、違いますね。

まあ、「親が9割」はある意味間違っちゃいないんだけど、

それは間違っても「親のサポート」ではないですね。

あくまで経験からの個人的な結論ですが

「遺伝」と「それまでの躾」が9割

だと感じています。

その意味では親が9割。

 

以前も書きましたが

中受は 才能が努力を凌駕する

高受・大受は 努力が才能を凌駕する

と思っています。

 

ある意味、ゲーム(RPG)にそっくりですよね。

ゲームされない方にはチンプンカンプンの話で申し訳ないですが(汗)、ゲームの「キャラ」って、初期設定が結構違うんですよ。いわゆる初期パラメータってやつ。

で、ですね。

ゲーム序盤は、初期パラメータが高いキャラが、もちろん有利です。サクサク敵を倒せます。でも、後半になってくると違うんですよね。「経験値」でどれだけ「キャラを育てたか」のファクターのほうが、よほど重要になります。

初期パラメータがどれだけ高くても、「鍛え」なければ強くならないまま。

初期パラメータが微妙でも、経験値を増やすことで強くなれる。

ゲームと一緒にしたらお叱りを受けるかもしれませんが、とても似ている気がします。

その意味で、「親ガチャ」を嘆く若者に「あきらめる必要はない」と強く言いたいですがこれまた長くなりそうなので別記事で。

とりあえず、中受時点ではまだまだ「初期パラメータ(すなわち持って生まれた才能)」が優位だということです。

 

12歳の子に、親から受け継いだDNAを凌駕するほど努力しろというのは酷

12歳では身体的成長が出そろっていません。

脳も「臓器」の一部ですから、この時点ではまだまだ「持って生まれたもの」が非常に大きなファクターとなります。

mikoto2020.hatenablog.com

この記事でも書きましたが、

「わが子のダメなところ」を並べ立てる親御さんと話していると「親子そっくりだな…」と感じることが多々あります。

お子さんは、親御さんに似ているだけなんです(例外はあります、もちろん)。

 

「ウチの子は何を言っているかわからない」と小一時間話すお母さんの話し方は的を射ずひたすら冗長ですし、「ウチの子は忘れ物大魔王!」と憤るお母さんは連絡ミス多発。「ウチの子、全然言うことをきかなくて」というお母さんは、こちらからのアドバイスは聞かず必ず反論する(苦笑)。例を挙げたらキリがありません。

 

中高生になって親を客観的に見られるようになると、だいたいの子は親を反面教師にして自分を鍛え始めます。

そうなってからこそが真の「勝負」だと私は思っているので、高校受験に復権してもらいたいと真に願っていますし、公立高の中高一貫化には断固反対です。

 

数学にしろ現代文にしろ、大学受験でモノを言うのは、生まれ持ったセンスではなく学習量です。逆に言うと、脳が育ちきっておらず、かつ経験も少ない小学生は、ほぼ「親から受け継いだ『初期武器』で戦う」ことになります。

 

その意味では「親(からの遺伝)が9割」ですが、中受業界や「たまたま成功した親の自己アピール」に煽られて「親の手厚いサポート次第で御三家や準御三家入れる」と思われている現状には、蟷螂之斧ながら警鐘を鳴らしたいなあ。

 

そういえば、漫画「二月の勝者」に「課金で強い武器持たせたい」というセリフがありましたが、あれはまさに中受業界に煽られて勘違いした悲劇だと思います。

「課金」でメキメキ頭角を現す子というのは、ぶっちゃけもともと才能がある子です。

躾が出来てない子はそもそも中受する資格がない

この5~6年で、生徒の質がだいぶ変わってきたのを感じています。

長くなりそうなのでまた別途書きますが、端的に言うと

以前は「日常生活に支障はないけど、ちょっと勉強が苦手」な子がほとんどでした。

今は「小学校高学年なら『当たり前』のことが全然できない」子が過半数

まあこれは、私がそういう子をバクノビさせるのが得意だからそういう仕事が回ってきているだけかもしれませんし、半径100メートルの経験を一般化するつもりはありませんが、それでも、正直「こういう子は昭和や平成中期までは中受しなかったな…」という子が増えているのは体感しますね。

 

・挨拶をする

・約束を守る(守ろうとする)

・人の話はしっかり聞く(聞こうとする)

・ウソをつかない

・授業中に奇声をあげない、暴れない

エトセトラ。

この辺りは、最低限の躾だと思うのですがいかがでしょうか。

 

これらのことができていないのに、テストの点だけ上げてどうするんだろう。

ていうか、何度も書いてますけど、当たり前のことが当たり前にできないのにテストの点だけ上がるってことはありえないですよ?

 

そして

個人コーチは保育士ではない、と声を大にして言いたい。

 

私がこういうお子さんをバクノビさせるのが得意なのは事実ですが、それは親御さんが放棄してきた躾を私がやり直すからです。ぶっちゃけ、そういう意味では、最低限のしつけができていない子についてはプラスアルファの「躾料金」いただかないとやってられないなと感じる今日この頃です。

(念のため補足しますと、金が欲しいわけではなく、そうでもしないと「親御さんがちゃんと躾をされてきた結果、当たり前のことが当たり前にできる子」と不公平だからです)

「三つ子の魂百まで」は真実だが、それは早期教育のことではない

幼児期が大事、と言うと「幼児期の早期教育が大事」と誤解されがちなのですが、それも違います。

何度も書いてますが、幼児期はカブトムシ捕まえたりセミの抜け殻探したり木登りしたり友達とドロケーやってればいい、いやむしろそっちの方が大事!

そして、何よりも大事なのが「親子の会話」

 

最近激増しているのが、YouTube中毒の相談なんです。

受験期になっても、ちょっと目を離すとYouTube見ていて、そのたびにバトルになる、という相談です。

ちょっと待て(苦笑)。

私が昭和の人間だからかもしれませんが、正直、小学生が部屋でYouTube見放題とかおかしいですから!!ありえない。

 

これも前に書きましたが、スティーブジョブスは自分の子供にiPad持たせてない。

(詳しくはこちら↓)

スマホタブレットは「麻薬」です。

受験期になってYouTube中毒の相談をしてくるご家庭って、もれなく「タブレット育児」してるんです。そりゃあ、幼児にタブレット与えておけば楽なのはわかります。好奇心の強い子ほど、幼児期は朝から晩まで「あれなに?」「なんで?」の連発ですからね。

 

でも、そのツケはいつか返ってきます。

一度麻薬を与えておいて、後から取り上げる?

無理でしょ。

タブレット動画漬け」にしておいて、中受が迫ったら都合よく本人が自ら「卒業」するとかありえないですから。

正直、この手の相談を受けるたびに「なんでタブレット育児したんですか…」と、暗澹たる気持ちになります。無理です、いまさら。

 

さらに、タブレット育児の怖い点。

幼少期に「会話」をしていない子は、本当に国語が苦手です。

これまた長くなりそうなので別記事で書きますが、受験期のスマホ中毒に悩む親御さんの多くがタブレット育児されてますし、そして今でも(子供のYouTube中毒に悩んでいても!)ご自身がスマホタブレットを手放せないんです。

 

「親が9割」の真実は、こういうところです。

「親が、あるべき姿を見せているか?」なんです。

 

子供は親の背中を見ていますよ。

親が我慢できないことを子供に我慢させようというのは無理。

親が今「勉強」していないのに子供にだけ勉強させようというのは無理。

 

「親ガチャ」という流行語に憤る前に、我が子の嫌なところは実は自分に似ているのではないか?と振り返ってみると、いろいろ見えてくるかもしれません。

「モラハラ子供」の奴隷になる親たち

DV気質の子供がいる、と言ったら驚かれるでしょうか?

 

私は、このブログでは再々「教育虐待」について書いています。

前回の記事では「親ガチャは事実」とまで書いています。

 

mikoto2020.hatenablog.com

 

ですから、もしかしたら「いついかなるときも子供が正しい、と考えている」と思われているかもしれませんね。

でも、実は違います。

たしかに、教育虐待と言わざるを得ないケースを毎年多々経験していますし、そのたびに言いようのない憤りを感じています。

でも、一方で「子供が『受験を盾にして』親を支配している」ケースもあるのです。

 

今回は、それについて書きます。

 

DVの加害者って、「常に」攻撃的ではないのです。

無意識にアメとムチを使い分けて相手を支配する。

だからこそ、DV被害者は逃げ出せないのです。

 

以前も書きましたが、猿の実験です。

・ボタンを押すと常に餌が出る

・ボタンを押しても餌が出る確率は半々

こうすると、圧倒的に後者の方、つまり「ボタンを押しても餌が出るかどうかわからない」ほうが、猿はボタンを押し続けるそうです。

非常に残酷な実験で、聞くのも書くのも嫌ですが。

 

DVで言うと、「地雷」が一定していないので、周りは過剰に気を遣ってしまう。

アメをくれるときもあるので、そこに期待してしまう。

 

無意識にこの術を身に着けてしまっている子供が、存在するのです。

それも、少なくない割合で。

 

子供は、大人が思うよりはるかに多くのことを「学んで」います。

「勉強する気を見せる」と親が機嫌がいい、と学べば、それを利用する子もいます。

「〇〇(難関校)に行きたい」と言えば親が喜ぶと知っている子は、そこに向けて努力する気はないのに、そう言って親に期待を持たせます。

その結果、どうなるか。

親が、完全に「子供の気分」に支配されることになります。

勉強を「してもらおう」という考えになってしまいます。

 

恋愛DVとそっくりで、ちょっとゾッとしますね。

恋愛DVで、なぜ被害者が逃げ出せないのか。

度重なる暴力で、洗脳されてしまっている部分もあるでしょう。

でも、「いつかこの人が暴力なく優しく自分を愛してくれる」という「期待」が、逃げ出すことを阻害しているケースも少なくないと聞いています。

 

「親を支配する子供」は、無意識にこれをやっています。

親御さんが「私が子供の地雷を踏まなければ、この子は勉強して〇〇に入ってくれる」という「期待」を持ち、そのためならと子供のわがままを許してしまう、それを知っています。

馬鹿を言っちゃいけません。

自分が〇〇に行くのは自分のため、それ以上でもそれ以下でもない。

それを駆け引きに使うのは、卑怯の一言に尽きます。

 

具体例としては、こういうタイプの子は

勉強したくないときに

・癇癪を起してみせる

・ぶすっと不機嫌になってみせる

つまり、感情を道具にします。

そうすれば、親があたふたしてご機嫌を取るのがわかっているからです。

 

「自分が勉強しないのは、パパ/ママが僕/私の機嫌を損ねたからだ」という形に持っていく。つまり責任転嫁。親が自分を苛むように仕向けているのです。

 

「わが子が〇〇に行ってくれるなら」

「勉強して『もらう』」

という考えは、はっきり言って間違っています。

我が子に『〇〇合格』を盾にして「支配されて」いないかどうか、冷静に考えてみてもよいのではないでしょうか?

 

シビアな真実を申し上げれば、モラハラ気質の子供が受験を盾に親をいいように振り回している間にも、「自分のために勉強する子」たちは黙々と学問と格闘しています。もしお子さんが親を振り回そうとしているならば、勉強以前の問題で、親子関係の再構築や躾からやり直さないとダメだと思います。

 

これが、競馬馬なら、「なんとかご機嫌を取ってトロフィー取ってもらおう」となるのも「ありといえばあり」でしょう。それは、「トロフィー自体に価値がある」からです。でも、「〇〇合格」はトロフィーでもなんでもありません。それは通過点でしかなく、勉学は一生続くものです。

 

ちなみに、子供に振り回されないための対処法でベストなのは

「勝手にすれば?あなたがどこに行こうとママ/パパには関係ないから」

という態度です。

自分語りになりますが、ウチの親はこれでした。

「東大行きたいなら勝手にしなさい」でした。

東大目指しているからと言って甘やかされた記憶が一切ないどころか、日常生活や人間関係をおろそかにするとぶん殴られていたのは以前書きました(笑)。受験真っ最中ですら「勉強だけできてもしかたがない」と言われたときにはムッとしましたが(笑。

おかげで最後まで「自分のため」に勉強できましたので親には今でも感謝しています。

 

〇〇合格というトロフィー欲しさに「子供の奴隷」になっていないかどうか、今一度考えてみてもよいのではないでしょうか。

 

ちょっとゾッとするお話を最後に。

小6で受験を「人質」にして親を支配する子は、中高ではさらにその傾向が強まります。家が荒れ果てます。私は、そういうご家庭をたくさん見てきました。

「親ガチャ」は事実なのに大人はなぜ憤るのか?

最近流行の「親ガチャ」と言う言葉ですが、この業界の人はみんな感じてたことなんじゃないかな。

 

でも、大人たち、とくに親御さんはこの流行り言葉が大嫌いみたいですね。

子供が「親ガチャ」という言葉を使う動機も場面も様々だろうに、脊髄反射でキレている大人にはちょっと待ったと言いたい。図星をさされてムッとするお気持ちはわかりますが。

 

子供はそこまで深い意味で「親ガチャ」と言う言葉を使っていない

おそらく子供がその言葉を口にするのって

1)流行りに乗ってみただけの軽口

2)ちょっと愚痴りたくなっただけ

3)ガチの毒親に苦しめられている

4)自分を棚に上げてすべて親のせいにし、努力のかけらもない

のどれかなんじゃないかなあ。

このうち、親や大人が本気で怒っていいのは(4)だけですよね。

(3)はもちろんのこと、(1)と(2)も許容範囲。だって、事実ですから。

 

DNAの親ガチャは事実

 

ちなみに、巷で言われている「親ガチャ」はどうも資産や年収のことを言っているようですが、私にはピンときませんね。

子供はそのあたりが短絡的なので、「お金があればあるほど人生イージーモード」と思っている子も多いようですが、金で才能は買えませんから。あくまで個人の人生観ですが、多額の資産を相続するより「自分ができること」が増えて行くほうが私は断然楽しいですね。それに、人間は結局死ぬまで自分の位置するバンドの中での競争から逃れられないわけで、いわゆる「金持ちには金持ちの苦労がある」んだと思いますよ。(貧困問題は別で、それこそ親ガチャという言葉で済ませるのではなく、救済が必要)

 

一方、DNAは別です。もちろん遺伝は解明されきっているわけではありませんし、すべてが遺伝のせいなどというつもりはありません、念のため。

でも、正直申しまして、「親と子供が似ても似つかない」ケースは稀です。

ガチャガチャしがちな親御さんのお子さんはやっぱりガチャガチャしてる。

なんでも他人のせいにする親御さんのお子さんはやはり他罰的。

神経質な親御さんのお子さんはやはり神経質。

これらはどちらかというと「環境遺伝」と言われるものでしょう。

一方、学力や才能も、ある程度は遺伝だなというのは否定できません。

 

つまり、生物的遺伝にしろ環境遺伝にしろ、ゲームで言えば「初期武器」はある程度親御さん次第。これは、無視できない要素だと思います。遠い昔から「蛙の子は蛙」「リンゴの実は遠くに落ちない」など、多数のことわざがありますね。

 

子供にしてみれば、「ひのきのぼう」と「かわのふく」しか与えられていないのに「お前が努力して英雄になれ!」と言われても「んな無茶な!」ですよね。

 

だから、子供や若者がちょっとした愚痴でこの言葉を使っても、スルーしてあげていいんじゃないですかね。その子らも、一方で「自分にできる努力は精一杯しなきゃいけない」ことくらいわかってますって。

 

唯一、怒っていいケース

世の中には、老若男女問わず、何もかも人のせいにしないと気が済まない人というのがいます。子供でも、います。そういう子供や若者が、できる範囲で努力しようともせず、義務も果たそうとせず、すべてを「親ガチャ」のせいにして呪詛を吐いている場合には、親は本気で怒っていいと思います。

 

実際、中学受験が過熱しすぎたせいか、「〇〇受験」を「人質」にして親を支配するモラハラ子供もときどきいます。これについてはまた今度。

 

「親ガチャ」のせいにする人は「努力の楽しさ」を知らなくてかわいそう

たしかに、この世には「努力では超えられない壁」は存在します。

勉強にしろスポーツにしろ芸術にしろ。

 

ときどき「僕は/私は〇〇になれますか?」と尋ねる子がいます。

そういう子は「なれないなら努力しない、無駄だから」と言います。

 

努力しても東大に入れないなら勉強しない。

努力しても大谷選手になれないなら時間の無駄。

努力してもトップスターになれないなら目指さない。

エトセトラエトセトラ。

 

それって「オールオアナッシング」の発想で、ちょっと短絡的だしかわいそうだなあと思います。

「自分の位置するバンド」の中での上下動は、これはまさに努力次第。

だいいち、成果があろうとなかろうと、努力してちょっとでも「できること」が増えるのって楽しくないですか?私は楽しいです。というか、人生の一番の楽しみはそれだと思っています。

どうせ努力したってタカがしれている、とうそぶく若者には、「努力そのものの楽しみ」に気づいてもらえたらなあ、と思っています。この仕事を続けている一番の動機は、それかもしれません。

 

コロナ禍で買って良かったもの(1)生活編

コロナ禍で授業はすべてオンライン化し、ほぼヒキコモリの生活になりました。

その中で、買って良かったものを備忘録として書いておきたくなりました。生活編と勉強編に分けて書いてみようと思います。

 

まず、生活の大きな変化と、それぞれについて買って良かったものはこんな感じ。

1)ほぼ一日中在宅するようになった

家(笑)

コロナのために買い替えたわけではなく、買い替えた後にコロナ禍が来たわけですが。

広くて見晴らしがよく、日当たりの良い家に引っ越しておいたことに、過去の自分に感謝しました。一日中家に居てもストレスがまったくないのはありがたいものです。

それはさておき、家電などで「これは良かった」ものがいくつかあります。

 

大容量コーヒーメーカー

一日5~6杯コーヒー飲む私にとっては、「もっと早く買っておけばよかった!」という便利品。保温形式が加熱ではなく魔法瓶タイプなので、煮詰まりません。朝、これで淹れておくと一日中いつでも飲みたいときにすぐ飲める!少々冷めてもレンチンでOK。

 

筋膜ほぐし

生来の肩こり持ちに加え、運動不足でさらにコリコリに(^^;

なかなかマッサージにも行けなくなり、ダメもとで買ってみたら大当たり!人の手で全身マッサージしていただくのにはたしかにかないませんが、ちょっと凝ったなと感じた時に数分当てるだけでだいぶ楽になります。極限までひどい状態になることがなくなりました。

2)電車に乗らなくなった

シェアサイクル

docomo-cycle.jp

以前から利用していましたが、コロナでさらにありがたみを感じています。授業はオンライン化しましたが、教材研究で書店に行くときや、気分転換に出かけたいときもあります。そういうとき、このシェアサイクルなら気軽に出かけられます。電動自転車なのがありがたい。30分あれば、かなり遠くまで移動できます。

縄跳び

仕事での移動がなくなったことで、相当な運動不足に(^^;

ジョギングを始めましたが、それだけだと飽きがちなので縄跳びを取り入れてみたら結構楽しいです。このトビナワは長さ調節がカンタンで良いです。

 

 

3)ほぼ毎日自炊になった

もともと味噌を手作りするほど料理好きなので、自炊は苦ではなくむしろ毎日自炊できるようになって嬉しいくらい。おススメの料理道具は数多いですが、今回は3つほど。

 

炊飯土鍋

これも以前から使っていたものです。私はこれを使い始めてそのあまりの美味しさと手軽さに、電気炊飯器を処分してしまったほどです。二重蓋にヒミツがあるのか、火加減も水加減もテキトーで、ものすごく美味しいご飯が炊けます!洗う手間も、むしろ電気炊飯器より断然楽です。電気炊飯器だと、毎回パッキンそのほかの細かい部品を取り外して洗わないといけませんが、この土鍋は炊いたあと水を張ってその中に内蓋をつけておき、30分くらいしたらササっと洗えばOK。

 

冷凍庫

万が一自分が感染した場合しばらく外には行けません。

また、コロナ禍当初は「流通が止まるのでは」という不安もありました。

そこで、独立した冷凍庫を買ってみました。

アマゾンで冷凍庫が買えるというのは驚きでした(笑)。

これがまた便利なのなんのって。

オールインワンの冷凍冷蔵庫の冷凍庫って、ちょっと多めに作り置きしたり冷食を買ったりしたら、すぐ満杯になってしまいますよね(^^;

この冷凍庫は、引き出しが4つついているのがポイント。引き出しごとに大雑把に分類できるのが便利です。私は、冷凍野菜・肉&魚・炭水化物(冷凍ごはんやうどん)・自作の冷凍弁当にわけて使っています。

独立冷凍庫を買ったので、冷凍冷蔵庫はダウンサイズしようかなと考え中。

 

冷凍弁当容器

いくら料理が好きと言っても、作る時間が取れないときや、なんとなく作る気になれないときもあります。そういうときのために、料理をするときは多めに作って「弁当」を冷凍しておきます。起き抜けですぐ料理する気になれないときや、仕事が立て込んで仕事が終わったときには精魂尽き果てているときに、本当に助かります。

タッパー類はさまざまでていますが、毎日使うとなると問題は「パッキン」。パッキンを外して洗って乾かして、というのが意外に手間。パッキンなしのジャストロックは洗うのが本当に楽です。

さらにこちらのパックスタッフは、蒸気穴がついていて、蓋をしたままレンチンできるのがポイント。

5)感染への「不安」

パルスオキシメーター

コロナ禍が騒ぎになり始めた頃に速攻で買いました。おそらく、保健所が貸し出してくれるものに比べたら精度は低いのかもしれませんが、ちょっと具合が悪いときにこれで計って97~98パーセントくらいが出ると安心できますので、「『安心感』を買う」と思えば買って良かったと思っています。

 

酸素発生器

これも、コロナ禍が騒ぎになり始めた頃に速攻で買いましたが、実はまだ開封していません(笑)。2020年春ごろ、「万が一感染しても入院させてもらえる気がしない」と思い、一応買ってみました。家庭用の酸素発生器は連続使用時間も短いようですし、これまた「『安心感』を買う」ためだけの出費でしたが、後悔はしていません。そのうち「リフレッシュのために自宅酸素バー」をしたくなるかもしれませんし、ニャンコの介護にも良いようですから。