とある講師のホンネ

フリーの講師。国・数・英・理を指導中。東大卒。現在は家庭教師中心ですが、大人の文章教室なども開いています。

「二月の勝者」の迷走と、おおたとしまさ氏(1)

久しぶりにビッグコミックスピリッツを読んだら、なんだか「二月の勝者」が「あれれ?」な方向に進んでいた。

その理由が、作者を含む三者のインタビューでわかった気がする。

toyokeizai.net

正直、怒りと呆れを禁じ得ない。

以前も書いたが、私は特定の記事やブログに対する反論記事を書くのはやめようと自分を戒めている。なぜなら、「この人こんなこと言ってますけど間違ってますよね」というエントリーを書くのはとても簡単だけれども、それは欠席裁判のようでちょっと恥ずかしい行為かなと(個人的に)感じているからだ。

でも、今回の関係者三者のインタビューは東洋経済オンラインの記事なので、公共性も高いうえに、何より内容がちょっと看過できないものだったので私見を書いてみようと思う。思うところが多すぎて、一回では終わらないだろうし内容が重複する部分もあろうかと思うが、ご容赦願いたい。

 

1)なぜその結論になるのか

2)特待生は「搾取」ではない

3)「教育虐待」から目をそらしている点

4)「自分の立ち位置」からしかモノを見ていない点

5)「意識高い人」が陥りがちな落とし穴

6)「結論ありき」の「取材」

7)自分を棚にあげている点

8)二月の「笑者」が理想なら、黒木の行動は矛盾だらけ

 

ざっと思いついただけでも、これだけの違和感がある。

ひとつひとつ書いていこう。

 

1)なぜその結論になるのか

これが一番言いたいことだ。

過熱しすぎた中学受験の闇については、このブログでも散々書いている。

私の出した結論は

・中受は「浮きこぼれ」レベルの子向き(つまり、そうじゃないならやめておけ)

・ギャンブルにハマりやすい人は中受に参入するな

つまり

君子危うきに近寄らず

だ。

 

いったん入ったが最後、降りられないジェットコースターが中受。

(ごくまれに、冷静かつ客観的に考えて降りられる人もいる)

 

高瀬氏、おおたとしまさ氏、朝比奈氏の御三方は「中受は怖い面がある」と言いながら、最終的には

「みんながハッピーな中受」

とやらを提唱している。

もうね、脱力を通り越して何と言っていいのかわかりません。

 

たしかに、このブログでもくどいほど

・親は自分を省みろ

・子供の受験でリベンジするな

・わが子は自分の鏡

というようなことを再三書いてきました。

書いてきましたが。

それで納得できて、子供に対する教育虐待を辞めるような人はほとんどいません。

残念ながら。

 

中受の闇に飲み込まれてしまうかどうかは、もうこれは本人の持って生まれた気質だなと最近思うようになりました。

人はね、結局自分の聞きたい話しか聞かないです。

教育虐待になってしまっているご家庭にどれほど言葉を尽くして話したところで、「ああ、私が間違ってたな、あらためよう」となるご父兄はほとんどいませんでした、残念ながら。

「中受の闇」を避けたければ、中受しない、これ一択です。

やや話は逸れますが、たとえばTwitterやれば「いいね」の数が気になるのが人情。

「いいね」の数に振り回されて実生活がおかしくなる人はたくさんいる。

それを避けたければ、

Twitterをやりながら自分を戒める」より「やらない」のが一番。

そういうことです。

 

これまた何度も書いてますが、高受は割と健全です。

おおたとしまさ氏は「反抗期が来てからの高校受験より中受が良い」と言われていましたが、これってものすごく怖い話じゃないでしょうか。

要は、「親のいうこと聞かせられる間に」「子供が社会のことをわかる前に」受験させてより良い(笑)環境に入れてしまおう、という話ですよね。

 

そもそも、中学受験がなぜあそこまで過熱してしまうかと言いますとね。

それは「進路指導」がないからなんですよ。

高校受験であれば、中学校の先生が生徒の実力を鑑みて進路指導をし、受験校が決まっていきます。それを「輪切り」と批判する向きも多いですが、じゃあ中学受験は「輪切り」じゃないんですか?そんなことないですよね?明らかに「このヘンサチならここ」という流れができていますよね?でも、高校受験と違って中学受験では「親と本人が望めばどこまででも高望みしてよい」ので、目を覆うような教育虐待が起きるわけです。

誰も「そこは無理です」って言ってくれないから。

余談ながら、世間では非常に評判の悪い公立中の進路指導、私は意外と価値があると思っています。なぜなら、中受ギョーカイは「無理です」とは絶対に言いませんので親も子供も諦められませんが、公立中の進路指導では先生が悪者になって「引導を渡す」ことをしてくれるからです。

 

もちろん、公立中&高校受験がすべてハッピーだと言うつもりはありません。

ですが、現在の中受ギョーカイは「一発逆転を狙って金を注ぎ込み続けるギャンブラー」に引導を渡さない(なぜならば引導を渡さなければ2月1日まで金を出し続けてくれるから)という点で非常にいびつです。

 

そこから抜け出すには、「いったん中受をやめてみる」という選択しかないと私は思っているのですが、お三方はなぜか「それでもハッピーな中受を」という結論。

ごめんなさい、意味がわかりません。

 

「親がモンスターにならなければ良い」と言っていましたが、中受に巻き込まれてモンスター化している親がそれで治まると思っているのか。おおた氏は「適正校」への受験を勧めていたが、みなが闘っている中で「自分はここでいいや」と思える親はそもそもモンスター化しません。

これも以前書きましたが「自分だけはうまくいく」「人を出し抜きたい」という思いが、モンスター化する親の根底にあるからです。

 

過去記事でも書きましたが、「競争の場」に身を置いてなおかつ巻き込まれないようにするのは至難の業です。その競争が歪んでいると思ったら、離れるのが最善です。

お三方とも、「中受が無くなったら困る」んでしょうな。

 

高瀬氏はこうも言っておられます。

(以下引用)

東大卒の人が「東大を出るとなんでも職業が選べると思ってた。だけど、逆に東大に行ったことで就けない職業ができた」って言っていました。「えっ?」って聞き返したら、ある職業名を出されて「○○とかってなれないじゃないですか?」って言われました。悪い意味ではなくて、東大を出たからには、東大を出たからこそ行ける道を選ばなきゃいけないって思っているんですよね。

(引用終わり)

これは以前私がこのブログで書いたことで、まあ大作家さまがここを見ているとは思えませんので高瀬氏の身近な人が言ったんだと思いますが。

これもまた「n=1」で言っちゃってるなあ、という感じです。

「東大を出たからには〇〇にならなければ」と思う学生はたしかにいます。

でも、一方で「勉強が楽しいから東大来たけど、仕事はこだわらない」学生も同じくらい多いんです、あそこは。

「〇〇に行ったから××じゃなきゃ」と考えるのは、そもそもそういう考え、つまり他人のモノサシで生きていた人間だったからであって、〇〇に行く人間が全員そういう考えなわけではない。この辺り、こう言ってはなんですが高瀬氏が真のトップ層をまるで知らないことからそう思い込んでおいでなのではと思います。

 

2)特待生は「搾取」ではない

これ、目を疑いました。

「二月の勝者」の作者、高瀬氏は以下のように言っています。

 

(以下、引用)

おおたさんが「解説」で指摘しているとおり、「灘ツアー」とか「塾代がタダになる」とかそういう特典は、他の子たちからもらったものですよね。それを大の大人が、「うちの子優秀だから、コスパが良かったわ」っていう話で終わらせちゃいけない。なんでこの話を持ち出したかというと、その行く末が先ほどの省庁同士で馬鹿にするみたいな話にもつながるなと思ったからです。

(中略)
おそらく搾取っていう自覚もないですね。この「解説」を読んだ時に、搾取してるとかされているとか、その想像も意識もせずに、搾取する側に回っていく世の中の構造が、こんな塾みたいな小さな場所で行われてるんだと思って、背筋が寒くなりました。

(引用ここまで)

 

背筋が寒くなる、とまでおっしゃいますか。

驚愕です。

あのですね。

トップ層はタダでもいいのは「下から金をもらっているから」ではないんです。

トップ層は、「教えていて楽しい」し「教えるのが楽」だからなんです。

一を言えば十を知る。

 

学力が低い子からお金をいただくのは、搾取ではないです、断じて。

ここでも再々書いていますが、私自身は教えるのが非常に大変な生徒の場合、ギャラを倍欲しいと感じていますし、実際そうしています(倍とまではいきませんが)。

躾けが出来ていない、話を聞いていない、何度教えても同じミスをする。エトセトラ。

それでいて親からは「結果」を求められるわけですから、これは上位クラスより多くもらわないと正直やっていられません。

で、ですね。

もし高瀬氏の言う通り、トップ層からも同料金を取ることにしたとして。

その分、下位層の値段が下がることはないです。

それとこれとは別の理論で動いているからです。

 

受験マンガを描いている人が、「搾取」などと言う言葉を使うとは思わなかった。

 

どうも、お三方とも「自分たちは【搾取】などしていない」と思い込んでいるご様子。

何をもって【搾取】という非常に強い言葉を使われているのかわかりませんが。

じゃあ、どこからが【搾取】なんでしょうか。

「中くらい」の生徒は「下位」の生徒から搾取していないんでしょうか?

多くの塾では、下位層はテキストのすべてを教えてはもらえません。

それ自体は、それぞれに合った問題を解くのが適切ですから問題ありませんが、同じ受講料を払っていて教わる内容が違うとしたら、(高瀬氏の基準で言えば)それも【搾取】ではないのでしょうか。

 

どうやら、お三方とも

「富裕層や上位層は悪いことをしている」

という思い込みがおありのようで。

私の知る限りではありますが、本当のトップ層は「下を見下し」などしませんよ。

トップ同士の熾烈な(そして健全な)争いがあり、だからこそ「思いあがる」余地がさほどないからです。

以前も書きましたが、小学校で塾の話を持ち出し、先生を馬鹿にし、塾の下位層を馬鹿にして学級崩壊させるのは「中くらい」の子が多かったです。

 

そもそも、「塾に通わせて中受をできる」ということ自体が、かなり恵まれた境遇なわけです。塾には、公立小や公立中と違って「貧しい子」はいないでしょう。驚くほど巨額の金銭を、今、東京の中受参戦組の親御さんは子供に払っています。

高瀬氏は、「【搾取】している子は貧しい子の存在を知らずに大人になっていく。それが怖い」と仰っていますが、「中くらい」の子なら貧困層の存在を知ると言いたいのでしょうか。それは、「東大生はみんな性格が悪い」と同じくらい間違った思い込みなのではないですか?

 

そもそも、貧困層含めいろんな人がいるのを知ってほしいならば、なぜ「塾」に行かせ「私立中」に行かせるのですか?

偏差値にかかわらず、「私立中」に貧しい子はいませんよ。

自分たちと同程度の学力の子、そしてそれなりにお金がある家の子が集まるのが「私立中」ですよ?

 

トップ層が塾代タダになるのを【搾取】と言うなら、成績優秀者への奨学金はどうなんでしょうか。多くの私立中学が、トップ層は学費無料にしてますが。それも【搾取】ですか。そもそも、学力が高ければ塾代をタダにしてくれることで、貧困だけど塾に通える子がいるかもしれないじゃないですか。

このあたりに、残念ながら高瀬氏の「思い込み」があるように感じられてなりません。

 

案の定、長くなりましたので続きは次回。