とある講師のホンネ

フリーの講師。国・数・英・理を指導中。東大卒。現在は家庭教師中心ですが、大人の文章教室なども開いています。

「二月の勝者」の迷走とおおたとしまさ氏(3)

前2回の記事はこちら。

 

mikoto2020.hatenablog.com

 

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「二月の勝者」とはややズレるのですが、くだんのインタビューに関連しておおた氏の著作に対し冷静に分析されているブログを見つけました。

www.yuuki-sennsei.com

ご自身が過去お勤めになられた塾を名指しで批判されてもここまで冷静に分析されている姿勢に脱帽です。そう、ユウキ先生が非常にマイルドに言葉を選んで指摘されているように「子供や保護者が本当のことを言っているとは限らない」ことを忘れてこの本を読むのは危険だと思います。この話は非常に長くなるのでまた別記事で書きますが、端的に言って、人は思い通りにならなかったときや自分が恥をかいたとき、事実を歪曲してでも他人のせいにすることがあります。というか多いです。私も駆け出しのころは何度か遭遇しました。(十年以上前の話になりますが、毎回毎回見え見えのウソ(宿題やったけど忘れた、時計が壊れていたから塾に遅れた、など)をつく子にそれを指摘したり、授業中下着の中に手を入れる子にさりげなく注意をしたら、それまで「ミコト先生は神!」だった親御さんが速攻で手のひら返して授業中止になったことを思い出しました。。。生徒本人は自分がウソをついたことや下着の中に手を入れていたことは当然親には言わず別のウソをつき、親はそのウソを信じたということです)

 

おおた氏の本に書かれているエピソードに関して本人と親がウソを言っていると断じたいわけではありません、念のため。相手の話も聞かないとわからないというだけです。ただ、下位クラスは放置というのは親の方が望みすぎかなという印象がありますね。前回も書いたように、そしてユウキ先生も書かれているように、下位クラスになればなるほど労力が比例して大きくなります。以前も書きましたが、なぜか教育関係に関しては「タダ働きでもそこまで(=親が納得するまで)やるのが教師だろう」という世間の思い込みが強いですね。特別扱いを望んで、特別扱いがされなかったから放置ととらえる親御さんも少なくないですが、それは集団塾では無理。。。

 

前置きが長くなりました。

ツッコミどころ満載のインタビューなので今回でも終わりそうにないですが、とりあえず今日は3つくらい突っ込んでみます。

 

 

5)「自分にはわからない」と切り捨てる人に教育を語ってほしくない

 

「〇〇な××生がいる」と「××生はみんな○○」が同値でないことは、必要条件と十分条件を学んでいる高校生はもちろんほとんどの方は理解できると思う。でも、お三方のインタビューを読む限り、みなさん「××生はみんな○○」という考え方をされるように感じました。

 

「翼の翼」を書かれた朝比奈あすかさんがこう言われています。

朝比奈:私もそういう話を聞いたことがあります。東大の文科Ⅰ類に行ってしまうと、さらにその先に、ここの省庁よりあの省庁が上といった序列があるとかで。わからないんですけど、意味が……。(引用終わり)

 

うん、わからないのは貴方の身内に東大生や官僚がいないから、でしょう。

そりゃあわかんないよね。

他者から見たらその価値観はアホに見えるかもしれない。

でも、どんなジャンルでもそこで高みを目指している人間には同種の苦しみがありますよ。それを他人がバカにする資格はない。

宇野昌磨くんに「金にこだわるとか意味わかんない」と言いますか?

朝比奈氏、おおた氏、高瀬氏。みなさん野心を持ったことはないんですか。

部数を気にしたことはないですか。

世間の評価が気になりませんか。

もし「作家になろうするとか意味わかんない」「〇〇賞が欲しいとか意味わかんない笑」と言われたらどう答えますか。

 

誰だって、自分のいるジャンルで必死なんですよ。

「東大行ったんだから(省庁なんてどこでも)いいじゃない」というのは「小説で/漫画で食えてるんだからナンバーワンになれなくてもいいじゃない」というくらい乱暴です。だからこそ、私は競争意識でつぶれるくらいなら競争から身を遠ざけたら楽になる、とこのブログで書いているわけです。逆に言うと、過去記事でも書いた通り「集団」に身を置く以上、人は勝手に序列を感じてしまう。もうこれは仕方のないことなんです。だからそこから離れると楽になるよ、と書いている。ランキングのつく集団に身を置きながら気にするなというのは無理。

 

何度もこのブログで書いています。

「順位をモノサシにすると人生苦しいよ」と。

私だって、東大行ってさらに官庁の序列を気にする人生は辛いだろうとは思う。

 

でもね。

朝比奈氏のこの言い方はないでしょう。

ご自分の知らない世界で序列があることを「意味が分からない」と切り捨てている。

どんなジャンルであれ、そのジャンルの中で高みを目指すなら苦しみがあるんです。

ただ、その「高み」が「人と比べて」なのか「自分がどこまで真理に近づけるか」なのかで苦しさの質が変わる。人と比べて、だと勝ってる間はいいけど負けが認められなくなって自分を追い詰めるというのを嫌というほど知っている。

でも、そんなことも結局は年をとったから言えること。

渦中の本人にとっては、そんな第三者の言葉なんて慰めとしか思えない。

だって、本人は「一位」が欲しかったんだから。

「本人」が夢中になっている間は、その本人が諦めがつくまでやるしかない。

今、本人が欲しいのはそれでしかないんだから。

いわば恋してるのと一緒なんですよ。

意中の彼に彼女に振り向いてもらえなくて苦しんでいる人に「相手はいくらだっている、一人の人に拘るなんて意味がわからない」と突き放しますか?

 

私がこのブログでくどいほど言っているのは、本人ではなく「周り(親)が高みを目指させること」についての危険性。本人が目指す以上、(肩をぽんとたたいてあげたい気持ちはあるものの)諦めがつくまでやればいいと思う。

でも、親がやらせるのはNG。

それは一貫してこのブログで言ってること。

高瀬氏も朝比奈氏も、親と子がごっちゃになってる。

本人が自分で望んで闘っている場合と、親が自分のリベンジでやらせている場合は切り分けないと(でも、なぜかみなさん「親」には甘いんですよね)

 

自分には理解できない価値観を「わからない」と切り捨てる方たちに教育を語ってほしくないなあと正直思いました。

 

高瀬氏はそれにこう答えています。

高瀬:ある親御さんは、通っているのとは別の大手塾に相談に行ったら、マンツーマンで教えてもらえることになって、早慶も御三家も合格したって喜んでいました。喜んでいるその方を批判するわけではないですけど、「ええっ」って思いませんか? 

おおたさんが「解説」で指摘しているとおり、「灘ツアー」とか「塾代がタダになる」とかそういう特典は、他の子たちからもらったものですよね。それを大の大人が、「うちの子優秀だから、コスパが良かったわ」っていう話で終わらせちゃいけない。なんでこの話を持ち出したかというと、その行く末が先ほどの省庁同士で馬鹿にするみたいな話にもつながるなと思ったからです。(引用終わり)

 

すみません、何がどうつながるのかわかりません。

「他の子たちからもらったもの」という考えがまずわかりません。

先に紹介したユウキ先生のブログでも書かれていましたが、経営ってそういう「あっちで浮いたお金をこっちに回そう」じゃないですよ?実務を知らないんですかね。大企業になればなるほど、(もちろん最終決算では部署ごとの赤字黒字をまとめて穴を埋めまますが)「あっちで儲かってるからこっちにお金使えるよね♪♪」というやり方では経営は成り立たないです。また、十年先を見越して赤字覚悟でやる部署もあります。これは推測でしかないですが、早稲アカは赤字だろうと黒字だろうと灘ツアーや特待生はやめないと思いますよ。それが企業信念だから。

「うちの子優秀だから、コスパが良かったわ」というのは本当に本人から聞いた話なんでしょうか?そう思っているに違いないという思い込みではないでしょうか。

 

6)「東京」しか見えていない人が「広い視野を」という矛盾

以前も書きましたが、そもそも中学受験の異常な加熱って東京&大阪近郊つまり大都市の話ですよね?

お三方とも「それでも中受はいい」という結論ですし、おおた氏は「高校受験のほうが失うものが大きい」とまで断言されておいでですが、だったら私立中学のほとんどない地方の小中学生は、もうスタートラインにすら立てていないということなんですかね。

私はそんなことないと思いますけどね。

何度も書いてくどいですけど、家の周りの東西南北もわからず、北極星を見つけられない子が理科の問題解けても「賢い」とは私には思えないんですよね。サピの「席取り」で小学校2年生からサピに通わせて、5年になっても速さの基礎問題が解けない子や割合がわからない子は少なくとも中受には向いてないと思います。挨拶もできず、ゲーミングチェアにふんぞり返って、親に「水!」という子が「はじき」で答えを出してとりあえずなんとか私立中に入っていく。そういう側面が、東京の中受にはたしかに存在します。そういう歪さを内包したまま、「東京の」中受は過熱している。

 

私は「経験」と「机上の勉強」がリンクしてこそ学びの面白さがあるし、それが学びの真髄だと信じているのですが、現在の東京の中受では残念ながら机上の勉強のみが先行していると日々感じている。

 

まあそれは置くとして。

お三方、「東京」しか見えてませんね?

高瀬:何が言いたいかというと、見えてない世界を、見ないで過ごせる人たちが、見ないままで過ごして、はたして社会全体がよくなるのかということです。(引用終わり)

中学受験の超過熱自体が、東京特有の話なわけです。

「中受した方がいい」「高受より中受のほうが豊かな思春期を過ごせる」という方たちの目には、地方の人は見えていませんね。

いや、それ自体はいいんです。

人は、結局自分の視点でモノをみるわけだから。

でも、日本の教育全体を見ずに「東京の中受」だけ見ている方が上から目線でこういうことを仰るのはどうなんだろうか。

高瀬氏は、以前も書きましたが埼玉や千葉を「前受け」と言い切り「2月1日の東京の勝者こそ勝者」と思い込んでいるようですね。タイトルを「東京の二月の勝者」にしたらいいのに。

 

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これを言うと重箱の隅と言われそうですが、個人的には「開墾中」とか「高縄中」という茶化したネーミングが好きではないんですよね。ギャグとしてもちょっと寒いんだけど、ご本人は面白いと思っておいでのようで。なんというか、高瀬氏の中に「中下位校は茶化していい」という潜在意識があるように感じます。実際、連載初期にあるキャラがある学校を実名でdisったことで炎上もしたようですが、おそらくご本人はご自分の中の無意識の差別意識に気づくことはないんだろうなと思う。

それはそれでいいんだけど、そういう意識の人が「上」に対しては「下を差別しているんだろう」と言うのは「酸っぱい葡萄」といいますか、ご自分の立ち位置でしかモノが見られないんだなと残念に思う。

 

7)人のせいにするな

私は、くどいほどこのブログで書いているように

・本人が望むなら無謀な挑戦もしたらいい

・でも、親が自分の人生のリベンジに子供を使うな

がポリシーです。

イヤというほど見てきました。

「二月の勝者」の武田母、あるいは今井母のような親。

自分の人生が不幸(人と比べて)なのは学歴がないからだと思い込み、勉強嫌いな子供に勉強を強いる武田母。

他人にマウントを取りたいからわが子を高偏差値校に押し込みたい今井母。

これって「人のせい」なんですかね?

高瀬氏は「親のせいじゃない」と言っておいでです。

高瀬:私の漫画の登場人物についても、「親が悪い」なんて批判を聞きますけど、その親が囲まれてる環境も、100例あったら100通りあります。実際はお姑さんとかがみんなで圧力かけているわけで、親の責任だけが強調される風潮にも問題があります。『翼の翼』(光文社)でも描かれていましたよね。夫の親からのプレッシャーもあったりして。

もう、本当に「親は親をかばうんだな」でしかない。

これについては過去記事で書きました。

 

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私の経験上でしかないですが、わが子に偏差値にして10~20ギャップある学校へ受からせろと狂気の沙汰だったのはだいたい母親で、旦那さんは無関心だったり「そこまでしなくても」と引き気味だったことが多いです。たしかに最近は暇な「エクセル親父」もいますけどね。

母親が狂気=受験ジャンキーに陥って子供を追い詰めるのを、「親のせいじゃない」って言うのはどうなんですかね。以前も書きましたが、武田母が泣いたときに「お母さんのせいじゃない」は関係者の本音ではないですよ。明らかに武田母のせいなんですよ。本人が勉強嫌いなのに「付属に行けば人生バラ色」と黒木の言葉に騙されたのが発端ですからね。

で、その根っこはというと。

やっぱり「人よりいい暮らしをしたい」なんじゃないかな。

三者から見たら、(賃貸か持ち家かでだいぶ違うけど)吉祥寺に住めて普通に暮らせている(塾にも通えるしゲームもできる)生活水準というのは日本全体から見たら相当いい暮らしだと思うけどね。

それでも満足できなくて本人の望まない競争を強いたんだよね。

それは武田母の願望だよね。

旦那さん反対してたよね。

それも「人のせい」「お姑さんのせい」「社会のせい」ですか?

「社会」なんていう「自分とは別の生き物」はいないんですよ。自分が望んだことなんですよ。

 

朝比奈氏も高瀬氏も「東大生が省庁の序列を気にするのはおかしい」と言っておいでですが、だったら「日本の平均からしたら裕福な暮らしの武田母が『もっと』を目指すのはおかしい」と思わないんですかね。その線引きは誰がするんですか。あなた方の立ち位置で勝手に線を引いているんじゃないんですかね。

 

まあ、「翼の翼」も「二月の勝者」もそうだけど、購買層は中受「親」だからね。

「親のせいじゃない」と言わないと買ってもらえないんだろうね。

前回も書いたけど、本当に「当人不在」な感じがたまらなく嫌だわ。

お三方が「親は悪くない」「社会が悪い」「不合格でも中受は素晴らしい」と言えるのは、【現場】にいないからだと思う。【現場】で「親の狂気に潰される子供たち」を実際に見ていたら、幸せな中受だの気軽に言えないです。

 

続きます。